バレエ音楽研究ノート

音楽家の立場からバレエ音楽を考察してまいります。【稲垣宏樹】指揮者・作曲家/日本指揮者協会会員/名古屋音楽大学講師/2015年度愛知県芸術文化選奨文化賞受賞【個人】/第58・62回文化庁芸術祭優秀賞受賞【団体】/第25・27回名古屋市民芸術祭芸術祭賞受賞【団体】

楽譜への疑問⑨―プロコフィエフ:バレエ《ロメオとジュリエット》―No.30:『民衆の踊り 1』、属和音の様々なバスが混在しているのは何故?

■No29 Juliet at Friar Laurence's:

【Cb.不要な arco】練習番号216番9小節目:Cb. に"arco"の指示が書かれていますが、その前にpizz.が無いことから、この指示の意味は不明です。

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vol.2 pp.102

パート譜には(arco)と、()付きで記譜。

 

■No.30 Public Merrymaking:

【Va. "arco"欠落】練習番号222番1小節目:Va. に"arco" の記譜がありません。

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vol.2 pp.107

Timp.修正】練習番号225番8小節目:Timpani の G 音をバスに一致させるため完全4度上の C に修正。

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Act 2 No.30 Public Merrymaking:練習番号225番8小節目 Timpani

 

【バスは第2転回形?】No.30 Merrymaking では第1幕 No. 4 Morning Dance の『民衆の踊り 1』の主題が調性を変えながら奏されますが、属和音のバスの違いが予てからの疑問でありました。

 

最初に 提示されます第1幕 No.4 Monrning:では以下のようになっており、①②③の何れも属和音の第2転回形となっています。

 

①練習番号16番4小節目2拍目:B dur 属和音 第2転回形。

②練習番号17番9小節目2拍目:A dur 属和音 第2転回形。

③練習番号19番31小節目2拍目:B dur 属和音 第2転回形。

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①Act 1 No.4 練習番号16番4小節目2拍目:B dur 属和音 第2転回形。

 

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②Act 1 No.4 練習番号17番9小節目2拍目:A dur 属和音 第2転回形。

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③Act 1 No.4 練習番号19番31小節目2拍目:B dur 属和音 第2転回形。

 

 

さて、問題の No.30 Public Merrymaking:では以下のようになっています。❶はNo.4 と同じく属和音の第2転回形であるものの、❷❸❹は全てバスが混在しています。

 

❶練習番号225番7小節目2拍目:C dur 属和音 第2転回形。

❷練習番号226番2小節前2拍目:G dur 属和音。3rd Trb,Tba,Hp,Cb=第1転回形 Fis /Timp=基本形 D。

❸練習番号228番7小節目2拍目:G dur 属和音。Hp,Pft,Cb=第1転回形 Fis /3rd Trb,Tba,Timp=第2転回形 A。

❹練習番号229番2小節前:D dur 属和音。Tba,Cb=第1転回形 Cis /Hp,Pft=第2転回形 E /Timp=基本形 A。

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❶Act 2 No.30 練習番号225番7小節目2拍目:C dur 属和音 第2転回形。

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❷Act 2 No.30 練習番号226番2小節前2拍目:G dur 属和音。3rd Trb,Tba,Hp,Cb=第1転回形 Fis /Timp=基本形 D。

 

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❸Act 2 No.30 練習番号228番7小節目2拍目:G dur 属和音。Hp,Pft,Cb=第1転回形 Fis /3rd Trb,Tba,Timp=第2転回形 A。

 

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❹Act 2 No.30 練習番号229番2小節前:D dur 属和音。Tba,Cb=第1転回形 Cis /Hp,Pft=第2転回形 E /Timp=基本形 A。

 

No.4 のバスが属和音の第2転回形に統一しているのに対して、No.30 は❷❸❹でバスが混在しています。仮にTimp.のみが違うのであればチューニングの機能が追いついていないことを鑑みた妥協であると考えられますが、そのような問題が生じない楽器までも含めて、これほどまでに何種類ものバスが混在しているのは何故なのでしょう?

 

ピアノスコアで❷❸❹は全て属和音の第1転回形となっています。

 

 

属和音にあって上声に導音が含まれているのにも関わらず、❷❸❹の如くバスが第1転回形の導音となることには抵抗があります。

 

❷❸❹の対処方法として考えられるのは次の3通りの方法です。

 

(a)無批判に楽譜に書かれてあることをそのまま受け入れ、修正を全く行わない。

(b)ピアノスコアの如くバスを第1転回形に修正する(Timpを除く)。

(c)No.4 に準じてバスを第2転回形に修正する(Timpも含む)。

 

私は原理主義の方々からの批判を受けることを覚悟の上で (c) の方法、即ち No.4 に準じてバスを第2転回形に修正することを選択し、パート譜もそのように修正することといたしました。

 

 

ミンクスについての私の談話が載っていますー【平野恵美子:帝室劇場とバレエ・リュス~マリウス・プティパからミハイル・フォーキンへ(未知谷)】

舞踊・美術・音楽を中心とする芸術文化研究をご専門とする平野恵美子先生が執筆された素晴らしい本が出版されました。装丁の美しい本です。

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平野恵美子:帝室劇場とバレエ・リュス~マリウス・プティパからミハイル・フォーキンへ

 

「謹呈」とありますのは、音楽に関わる記述で私の談話が掲載されているからですが、それはまた後ほど…。

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平野恵美子:帝室劇場とバレエ・リュス~マリウス・プティパからミハイル・フォーキンへ

私はしばしば本の概要を知るために、巻末の人物索引と資料の出典から見ることがありますが、そこに書かれていた諸データに私は吸い着けられてしまいました。

 

その諸データとは19世紀末~20世紀初頭にかけての帝室劇場(マリインスキー劇場ボリショイ劇場)のオペラとバレエのレパートリーと上演回数でした。

 

此処で内容をお知らせするのはルールに反することになりますので詳細は本書を御覧いただければと思いますが、当時のロマノフ王朝時代のロシアの劇場の様子を端的に示す大変貴重なデータに、私は「えっ?そうだったの?」と思わず驚きの声をあげてしまったほどでした。

 

本書に書かれてありますのは、19世紀末~20世紀初頭にかけてのロシア帝室劇場とバレエ・リュスの活動実態の詳細な報告です。

 

バレエ・リュスについてはストラヴィンスキーの三大バレエを筆頭とする重要な作品の数々を生み出していたことから、多くの書籍が出ておりました。本書にもバレエ・リュスの活動についての詳細な記述があります(この書籍の元となったのは平野恵美子先生が東京大学大学院に提出した博士論文「バレエ『火の鳥』の起源:20世紀初頭ロシア文化と帝室劇場」)が、大きな特徴はこれまでに日本語の書籍であまり書かれたことのないロシア帝室劇場についての記述に多くの比重が置かれていることでしょう。そうした意味でも本書は大変貴重な存在です。

 

本書には帝室劇場に於けるバレエ音楽の近代化の道筋についても当然のことながら触れられています。その中でバレエ音楽の作曲家:レオン・ミンクスの今日的な評価として小生の談話が引用されています。

 

引用されました談話は、2019年4月に第5回バレエ史研究会に於いて、「バレエ指揮者の仕事、ならびにバレエ音楽オーケストレーションの諸問題」と題された講演でお話しいたしました時、会場にいらっしゃいました平野恵美子先生からの「チャイコフスキーグラズノフのバレエ曲は、それ以前のバレエ作曲家の曲と比べて、やはりレベルが高い、複雑、難しいと、演奏していて思われますかます?」というご質問に対して私が返答をいたしました一部です。

ミンクスに対しては生前から厳しい評価がなされていました。一時は帝室劇場の「公認バレエ作曲家」として終身的地位が保証されていたかに見えたミンクスでしたが、1881年に帝室マリインスキー劇場総裁に就任したイワン・フセヴォロシスキーがバレエにロシア後期ロマン派のアカデミックな作曲家たちの音楽を持ち込むという大改革に着手したのと同時に、"バレエの御用作曲家"であったミンクスは解雇されたという事実がそれを物語っています。

 

フセヴォロシスキーはチャイコフスキー(革新的だった『白鳥の湖』の1877年のモスクワ・ボリショイ劇場に於いての初演は失敗に終わりました)を再びバレエの世界に呼び込み、誕生したのが『眠りの森の美女』です。

 

実際、ミンクスの『ドン・キホーテ』(1869年)を聴いてから、チャイコフスキーの『眠りの森の美女』(1890年)を聴くと、ほぼ同規模の管弦楽編成で書かれた作品でありながらも、その音楽的密度の差に驚かされることでしょう。

 

本書で引用されました私の談話にもありました通り、私はロシアのアカデミー派の作曲家たちを心服しております一方、ミンクスに対しては(かなり)批判的な立場を取っていますが、批判をするからには、それにとって代わる対案を示さなくては単なる卑怯者に成り下がってしまいます。

 

私はミンクスの『ドン・キホーテ』『バヤデール』『パキータ・グラン・パ』の3つのバレエ音楽をピアノスコアを基にオーケストレーションをしています。旋律線は(ほぼ)そのままに、和音設定を変更し、R.コルサコフ管弦楽法チャイコフスキーグラズノフ等々の管弦楽作品をモデルとしてオーケストレーションをいたしましたが、これが私のミンクスへの批判に対する答えとなります。

 

下記リンクにあります 2種の『ドン・キホーテ』(演奏楽曲=ほぼ同一)をお聴き比べられましたご感想をお寄せくださいますと嬉しく思います。

 

ミンクス:ドン・キホーテマリインスキー劇場:ミンクス作曲部分はほぼ原曲通り)

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ミンクス:ドン・キホーテオーケストレーション:稲垣宏樹)

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赤尾雄人先生と長野由紀先生による跋(ばつ:本文の終わりに書き添える文)は、本書を読み進める上での重要な情報が含まれています。最初に目次・著者あとがきと併せて読む事で本書の概要が把握でき、本文をスムーズに読み進めることができましょう。

本書は研究者の方々にとりましては必携の書となることでしょうし、バレエの愛好家の方々にとりましてもロシア・バレエ黄金期をより深く知る上での良書となることでしょう。

 

 

 

 

 

ストラヴィンスキー:《火の鳥》1910年版 の 3管編成版。但し、楽譜に手を入れなければ使えませんが…(Hans Blümer Reduced version) 

 

 

ストラヴィンスキー:《火の鳥》1910年版 の 3管編成版

 ストラヴィンスキー:《火の鳥》1910年版は 3台の Harp を含む巨大な 4管編成の作品であることはご存知のことと思いますが、「裏メニュー」のように 3管編成の楽譜も存在することはあまり知られていないのかも知れません。今回は《火の鳥》1910年版の「裏メニュー」である 3管編成版をご紹介いたします。

 

・《火の鳥》3管編成版の録音音源と演奏について

6月17日はイーゴリ・ストラヴィンスキーの誕生日でありました。加えて2020年はストラヴィンスキー出世作となった《火の鳥》が初演されてから110年経った記念の年でもあります。

 

これに合わせて Hans Blümer 編曲による3管編成版の《火の鳥》(1910年版)の(恐らく)世界唯一となる録音をご紹介しようと思い立ちました。

 

ストラヴィンスキー:《火の鳥》(1910版) Hans Blümer 編曲版(3管編成)

 

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指揮:稲垣宏樹

演奏:愛知シンフォニエッタ

2001年11月17日 愛知県芸術劇場大ホール(ライブ録音)

 

ピットに入りました際のライブ録音ですから、客席の咳払いや舞台のポワントの音、終演後の拍手等々が生々しい音として記録されています。

 

43:01~ 1st hr. が gestopft で上の倍音を演奏してしまった、という突発的な事故も編集することなく収録しています。録音を聴きながら思い出しましたが、リハーサルでは完璧で一度もこのようなことが無く、本番での突発的な事故に演奏の現場は凍り付き、わずか数小節の出来事がとても長い時間に感ぜられました。本番終了後、その演奏者は楽屋にいらっしゃり、謝罪されました。絶対音感の是非云々が様々なところで言われております。音楽的な相対音感が最も重要なのは言うまでもありませんが、加えてこのような場面こそ音楽家絶対音感を持っている必要があるのではないか…と色々と考えさせられた事故でありました。

 

録音は(恐らく)このマテリアルによる唯一のものとなり、文献的にも貴重なものなのではないかと思われます。

 

愛知シンフォニエッタは1999年、現代音楽を紹介することを目的として私が若く優秀な音楽家の皆さんにお声がけをして集まってくださったオーケストラです。下記動画にあるような同時代の音楽を始め、W.ゲール編曲版によるムソルグスキー組曲展覧会の絵》の日本初演やシュレーカー:室内交響曲のような20世紀のマスターピースも紹介いたしました。

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ストラヴィンスキー自身のオーケストレーションによる4つの《火の鳥

さて、本題の3管編成版によるストラヴィンスキー:《火の鳥》(1910年版)ですが、Wikipedia の情報には全曲の1910年版、組曲の1911年版(4管編成)・1919年版(2管編成)・1945年版(2管編成)の他、様々な編曲版の記述はありますが、問題の3管編成版については何も書かれておりません。

ja.wikipedia.org

1910年版

 

1919年版

 

1945年版

 

・3管編成による《火の鳥》1910年版の楽譜の正体

2001年の公演で私が採用した3管編成による1910年版の楽譜は、ドイツ SCHOTT 社から Hire Material(レンタル譜)として扱われている Hans Blümer による3管編成縮小版です。

 

SCHOTT 社の HP で Hire Material を検索いたしますと、このように Hans Blümer 編曲版の詳細が出てまいります。

en.schott-music.com

名古屋音楽大学研究紀要第21号へ投稿いたしました『演奏会等報告』を読み返しますと、1990年代に私はこの楽譜の存在を把握していたものの、2001年の公演のために日本 SCHOTT に連絡をしたところ、当の出版社はこの楽譜のことを全く把握しておらず、SCHOTT と「楽譜がある・ない」の電話と FAX のやり取りだけで一ヶ月もかかったと書いておりました。

 

この公演の演奏が Hans Blümer による3管編成版の日本初演となり、レンタル料金に「初演加算」が加えられていたことも覚えております。

 

・《火の鳥》1910年版の編成(Original Version / Reduced version)

 ストラヴィンスキー火の鳥(1910年版)の編成を、ストラヴィンスキーによる4管編成版と Hans Blümer による3管編成版と比較してみますと、以下のようになります。

 

●Original version

4[1.2.3/pic.pic] 4[1.2.3.Eh] 4[1.2.3/bcl.bcl] 4[1.2.3/cbn.cbn]―4 3 3 1ーtimp+4ー3hp, pf, celーstr+bachtage Banda : 3tp, 4Wag tb

 

●Reduced version by Hans Blümer

3[1.2/pic.3/pic] 3[1.2.Eh] 3[1.2/PicCl.bcl] 3[1.2/cbn.3/cbn]ー4 3 3 1ーtimp+3ーhp, pf, celーstr[min:8 8 6 5 4]

 

※SCHOTT のカタログに記載されている Hans Blümer 3管編成縮小版の編成は以下の通りとなり、私が採用した上記編成と異なります。理由については後述いたします。

3(2. und 3. auch Picc.) · 3 · 3 (2. auch Es-Klar., 3. auch Bassklar.) · 3 (3. auch Kfg.) - 4 · 3 · 3 · 1 - P. S. (Glsp. · Xyl. · Trgl. · 2 Beck. · Tamt. · Tamb. · kl. Tr. · gr. Tr.) (3 Spieler) - Hfe. · Cel. · Klav. - Str. (16 · 16 · 14 · 8 · 6)

 

・何故《火の鳥》Hans Blümer 3管編成編曲版は演奏されないのか? 

ペトルーシュカ》には4管編成による1911年版、3管編成による1947年版が存在します。

ja.wikipedia.org

1911年版 

 

1947年版

 

 

予算上の都合から1947年版の《ペトルーシュカ》の楽譜が採用されることが多いのはご承知の通りです。同様の理由で《火の鳥》 Hans Blümer 3管編成縮小版も多く採用されても良さそうものですが、そうはならない理由を想像するに、第一にはストラヴィンスキー自身のオーケストレーションによる 2管編成の組曲1945年版が、完全な全曲をカヴァーしてはいないながらも存在すること(同じく2管編成の組曲1919年版より収録曲数が多い)、そして Hans Blümer 編曲版がオーケストレーションの数々の問題を抱えているのが第二の理由であると考えています。

 

・《火の鳥》1910年版 Hans Blümer 編曲版の 4つの問題点。 

名古屋音楽大学研究紀要第21号に Hans Blümer 編曲版の問題を 4点に要約し、それに対する具体的な対処の方法について以下のように報告しておりました。

 

木管楽器群:

木管楽器群の修正箇所は余りにも多いが、最大の問題はストラヴィンスキー原曲の編成にある 4fl.[1.2.3/pic.4/pic] と 4bn.[1.2.3/dbn.4/dbn] が、Hans Blümer 編曲版では 3fl.[1.2.3/pic] と 3bn.[1.2.3/dbn] に縮小されていることである。その結果として 2人の pic. と 2人の dbn. を持つストラヴィンスキー原曲を、1人の pic. と 1人の dbn しか持たない Hans Blümer 編曲版では原曲の編成によってもたらされる和声形態(密集→解離)・音域を変えられてしまっている。この問題は全曲にわたり随所に見受けられる。筆者は Hans Blümer 編曲版の 3fl.[1.2.3pic.] を3fl.[1.2/pic.3/pic.] 、3bn.[1.2.3/dbn] を 3bn.[1.2/dbn/.3dbn.] として問題個所を原曲と同様となるように書き改め、それに伴う新たな不都合な箇所も修正を行った。この問題が生ずる箇所をストラヴィンスキー自身の手による2管編成による1919年版と1945年版の組曲では、楽曲自体を省略したり、音型を書き改めることによって回避している。

 

金管楽器群+Tubular Bells:

最大の問題は Banda (3tp. 4Wag tb. tubular bells) をどのようにピット内の金管楽器群に分担させるかであろう。筆者が行った具体的な対処の方法は以下の通りである。

 

3 trumpets:

・練習番号80~90番:ピット内の 2nd tp. に分担。

・練習番号98番:ピット内 3rd tp. に分担。

・練習番号182番:Banda の 3人の tp. による3和音=組曲1919年版・1945年版に準じてピット内の 2ob. 2nd hr.(gestopft) に分担。

※尚、練習番号181番3小節目:原曲にあるピット内の3人のtp.のフレーズが Hans Blümer 編曲版では欠落しており、原曲に戻す。2管編成の組曲にも入る tp. によるフレーズを削除した理由は、練習番号182番の Banda による 3tp. による密集和音を演奏させるためであろうが、con sord. とするには余りにも時間が短く、演奏者へのリスクが高くなることに加え、ストラヴィンスキー自身のオーケストレーションによる2管編成の組曲1919年版・1945年版での成功例がありながら、何故このオーケストレーションを採用しなかったのか理解に苦しむ。

 

4 Wagner tubas:

・練習番号105~108番:ピット内の 1st & 2nd trb. に分担。

 

Tubular Bells:

・練習番号98番:ピット内の打楽器奏者が担当。

 

③3台のハープ:

Hans Blümer 編曲版では原曲の 2nd, 3rd のパートを含めて 1台のハープで演奏されるように書かれ、不可能な箇所はピアノとチェレスタに分担させて書かれてあるが、ハープのペダル操作で演奏不可能なところがあり、随所をピアノに割り振った(この改訂は更に再検討を要す)。

 

④その他:

弦楽器群を最少の人数(8 8 6 5 4)としたことから、大編成の弦楽器群による量感に代わるものとして、「カスチェイの部下全員の凶悪な踊り」「カスチェイの宮殿とその魔力が消え失せる。石にされた騎士たちの復活。全員の感謝」では組曲1919年版・1945年版を参考に btrb. tb. timp. perc. harp. cel. のパートに改訂を加えた。

 

このように楽譜に手を加えた Hans Blümer 編曲版の《火の鳥》の本番の録音が冒頭にご紹介しましたものです。

 

・録音にある公演の成果

録音にあります公演の批評は『ダンスマガジン』と『隔月間 Ballet』に掲載されましたものの、音楽についての記述は演奏者の紹介に留まり、批評文からはこの楽譜によって演奏された音楽がどのように聴こえたのかを窺い知ることは残念ながらできませんでしたが、『音楽の友』『音楽現代』等々での厳しい批評で知られる作曲家(故)辻井英世先生(相愛大学名誉教授。大阪市音楽団創設者:辻井市太郎氏の長男)をご招待いたしましたところ、「アンタ、面白い楽譜使うんやて?1910年版がバレエのピットで鳴ったの、聴いたことあらへんから、行くわ。」と、幸いにして御覧(お聴き)いただけました。終演後、楽屋にお越しください、「ホンマ、エエ仕事しはったなぁ。よう頑張りました。耳の上では4管編成の原曲を3管編成にしたことでのデメリットはあらへんかったで。」と、初めて専門家より楽譜と演奏に関わるご感想をお聞きすることができました。

 

・2021年はストラヴィンスキー没後50年

指揮科の学生時代、秋山和慶(指揮)トロント交響楽団による 1910年版の録音は私の愛聴盤でした。 

www.amazon.com

当時、私はオケナカ(オーケストラの中の鍵盤奏者)で組曲1945年版のピアノとチェレスタのパートを弾きながら、「何時かは自分も1910年全曲版を!それもバレエのピットで!」と願ってはいましたが、同時に「自分が指揮する日は来るのだろうか…」とぼんやりと思っていました。

 

願いが実現したのは最初に録音で紹介いたしました2001年の公演。既にバレエピアニストの仕事を経てピットで指揮をするようにはなっていましたものの、あっさりと思いがけないような形で突然に願いが実現してしまったことに大変驚きました。SCHOTT ですら把握していなかった Hans Blümer 編曲版の存在を、私はずっと前から知っていた訳ですから、仕事の依頼の電話があった時、「これは運命なのか?」と思ったものです。

 

ストラヴィンスキー没後30年の節目となる記念すべき年に《火の鳥》1910年版、しかも私しか知らなかった Hans Blümer 編曲版を図らずも日本初演をすることとなり、スコアを研究することで誰も知らないこの楽譜の詳細を知り得たのですから、私は本当に運が良かったのだと思っています。

 

この楽譜は翌年、Bohuslav Martinů Philharmonic Orchestra との演奏会で使用いたしました。

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Bohuslav Martinů Philharmonic Orchestra

2021年はストラヴィンスキー没後50年の記念すべき年。2001年の時と同じように思いがけない形で再びこの楽譜がピットで鳴り響くことがあっさりと思いがけないような形で突然に実現してしまう…

 

今日は天赦日にして一粒万倍日。こうして言霊にすれば叶うかな?

 

楽譜への疑問⑧ープロコフィエフ:バレエ《ロメオとジュリエット》ーNo.26 ; Vc. の誤植?corA 改訂。

■No.26 Nurse:

【Vc.誤植?】練習番号200番1~2小節目:練習番号200番1~2小節目の4拍目の和音は Dm ではないでしょうか?オーケストレーションの常識からして Vc. のパートは不可解であり、特に練習番号200番2小節目のバスに相当する Vc. の H の音は不可解です(H の音がバスとなることで和音は Bm7-5 となります)。参考にピアノスコアを見ると和音は Dm でした。恐らく Vc. は BCl. と同じ D であると思われ、私は改訂をすることにいたしましたが、マニュスクリプトを見なければ本当のところは不明です。

 

【corA 改訂】練習番号200番4小節目:原曲の 6本の Hr. を 4本に縮小したことによる改訂。原曲は 5本の Hr. で 5声の和音を作っている。5声目の 5th Hr. のパートをどのようにするのかが問題となります。Hr.との音色のブレンドで最も望ましいのは Fg. ですが、別のフレーズを演奏しているため不可能です。次に望ましいのは BCl. であるが、これも Fg. と同じフレーズを演奏しているため不可能です。その次の候補は Cl. です。休符であるので演奏可能ではありますが、仮に200番4小節目に 5th Hr. のパートを演奏させることになれば、5小節目にかけて12度にも及ぶ跳躍を奏者に求めることになります。残る候補は corA です。休符となっている上、最も美しく鳴り響く音域ではありますが、4声の Hr. の最下音を担当することで音色のブレンドという点で原曲を知る方々にとって違和感なく聴こえるのかどうか、ということだけが気懸りではありますが、唯一の選択肢でありますので、原曲の 5th Hr. は corA に移すことといたしました。

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Act 2 pp.76 練習番号200番

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Act 2 No.26 練習番号200番 Piano Score

 

楽譜への疑問⑦ープロコフィエフ:バレエ《ロメオとジュリエット》ーNo.24 の Banda を編曲

■No.24 Dance of the Five Couples:

【Banda 編曲】練習番号182番1小節目~187番1小節前:原曲は Banda が入ります。

 ●Banda 編成:[4Hr. 6Trp. ten hrn. bar hrr. 2tba. cyms. BD. tgl. SD]

音楽監督たるバレエ指揮者は音楽に関わる財政的なことにも配慮しなくてはなりません。No.24 を原曲通りに演奏するのであればピット内のオーケストラの他に Banda のために18名の音楽家を増員しなくてはなりませんが、ピット内のオーケストラのみで演奏可能であるのかどうかをスコアを研究して見極め、可能であるのであれば編曲を行い、芸術監督に新しい可能性についての提起をするのも音楽監督たるバレエ指揮者の仕事です。

 

《ロメオとジュリエット》には No.8 Interlure:と No.24 Dance of Five Couples:の2曲に Banda が入りますが、何れも Banda はピット内のオーケストラで演奏することが可能です。

 

No.24 では以下の編成を提案いたします。

 ●編曲版編成:[2Ob. 2Cl. 4Hr. Crt. 3Trp. #trb. Tba. cyms. BD. tgl. SD]

 

編曲は以下の楽譜に朱書きをしました通りです。練習番号184番10小節目2拍目と練習番号186番1小節目の2箇所が原曲との違いが聴こえて来ることが懸念されます。他の良い方法をこれからも模索して参ります。

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Act 2 pp.52

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Act 2 pp.53

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Act 2 pp.54

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Act 2 pp.55

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Act 2 pp.56

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Act 2 pp.57

 





【付記】プロコフィエフの《シンデレラ》にも Banda が入りますが、ピット内のオーケストラで演奏可能です。いずれの機会に編曲いたしました楽譜をご紹介いたします。

 

楽譜への疑問⑥ープロコフィエフ:バレエ《ロメオとジュリエット》ーNo.12, 23 「仮面の主題」のアーティキュレーション?

Act 2

■No.22 Folk Dance:

【改訂】練習番号169番8小節目:Hr. 3,4=原曲 5th, 6th のパートは Trb. Tba. と共に5声の和音を形成するために欠かせないものです。原曲 Hr. 1st, 2nd のパートで同じ音が付点2分音符で書かれておりますので、この改訂を行ったこととの違いはさして変わらないのかも知れませんが、敢えて改訂いたします。この改訂は No.30 Public Merrymaking 練習番号234番8小節目も同様です。

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Act 2 pp.34

 

参考資料:第1組曲の同曲にあってのオーケストレーションは全く異なっています。

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R&J Suite No.1 pp.49

 

■No.23 Romeo and Mercutio

アーティキュレーション?】練習番号171番3小節目~練習番号173番1小節前:Fl.1-2, Ob.1-2, Cl.1-2, Vn.I=No.12 Mask の B dur の音楽を No.23 Romeo and Mercutio では As dur に移調されている(オーケストレーションも若干異なります)のですが、「仮面の主題」のアーティキュレーションが所々異なっています。また、No.12 にあっては3回登場する「仮面の主題」のアーティキュレーションが異なっています。両曲で全てのアーティキュレーションを統一させるべきなのか、それとも楽譜の通りとするのか、検討が必要となりましょう。

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Act 2 pp.37

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Act 2 pp.38

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Act 2 pp.39

参考資料:全曲版 第1幕 管弦楽総譜(pp.133 - 143)

http://petruccimusiclibrary.ca/files/imglnks/caimg/3/35/IMSLP35364-PMLP79478-Prokofiev_-_Romeo_and_Juliet,_Op._64_-_Act_I_(full_score).pdf

 

楽譜への疑問⑤ープロコフィエフ:バレエ《ロメオとジュリエット》ー誤植?:No.19, 20, 21

■No.19 Balcony Scene:

【改訂の検討】練習番号139番11~12小節目:BCl. Sax=楽譜朱書きのように改訂。原譜では BCl. Sax. 共に Vc. の下声部と重なっていますが、恐らく Vc. の上声部を BCl. Sax. の何れかの楽器で担当し、Vc. にある2声を意図していたのではないのだろうか…という判断からです。

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Act 1 pp.237

 

■No.20 Romeo's Variation:

【誤植】練習番号140番7小節目:Hr.1-2-3-4=2拍目 D を長3度下の B に修正(Sax. Vn.I Vn.II Va. Vc. に同じ)。パート譜にも同じ誤植あり。

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Act 1 pp.239


 

【誤植?】練習番号141番6小節目:Sax.=リズムを楽譜朱書きのように改訂。Ob. Va. は2拍目で Ges となり、和音は Des dur の属7になり、Sax. も Ob. Va. と同様に2拍目で Ges になるのでは…と考えます。

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Act 1 pp.241

 

■No.21 Love dance:

【改訂】練習番号143番5~2小節前:Hr.2, Hr.3, Hr.4=組曲版に準じて4本の Hr. で演奏出来るよう改訂。

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Act1 pp.245

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Act 1 pp.246

参考資料:第1組曲 pp.97-98

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R&J Suite No.1 pp.96

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R&J Suite No.1 pp.97

 

 

【修正】練習番号143番1小節目:Vc.=4拍目を F から半音上の Fis 修正。同曲が移調されている No.42 Juliet alone: 練習番号308番との関連を鑑み、143番1小節目の和音は1~3拍が Dm、4拍目が D7 と考えるのが妥当であるように思います。

 

【誤植】練習番号143番3小節目:corA=1拍目を実音 D から実音 C に修正(Cl.1,  Fg.2, Vn.II に同じ)。

 

【検討】練習番号143番3小節目:corA=3拍目は実音 As (Cl.1, Sax., Fg.2, Vn.II と同一?)?

 

【改訂検討】練習番号143番4小節目:Vn.II=H を C-A に改訂?和音は F 。旋律は1拍目が倚音の H、2拍目で構成音 C に解決するのであれば、Vn.II の H が2拍間あるのは不可解です。

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Act 1 pp.247

 

【誤植】練習番号143番5小節目:BCl.=実音 G を長2度下の F に修正(Cb. に同じ)パート譜も同じ誤植あり。

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Act 1 pp.248

 

【誤植?】練習番号145番5小節目:Cl.1-2=2拍目を実音 F から短3度下の D に修正(Vn.II と同一であれば)。パート譜も同じ誤植あり。

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Act 1 pp.255