バレエと指揮者の役割 ― ゲンナジー・ロジェストヴェンスキー インタビュー記事②
ロジェストヴェンスキーによるインタビュー記事。出典は前回に投稿いたしました記事をご参照ください。
https://hiroki2415ballet3132conductor52.hatenablog.jp/entry/2020/02/05/000100
今回の投稿は、ロシア・ソビエトに於いて急速にバレエが発展し、バレエ王国となった理由についてのロジェストヴェンスキーによる解説です。
■ソビエトは世界一のバレエ王国
ーではすこし話題を変えて、ロシア・ソビエトでバレエが急速に発展した理由をお話しください。ソビエトが世界一のバレエ王国になった理由は?
ロジェストヴェンスキー なんといっても、国民性という要因が最大な意味をもちます。わたしの考えでは、日本人は全体として造形芸術にたいして愛着をもち、すぐれた才能を発揮しています。ロシア人は、バレエ芸術を熱愛し、才能を発揮してきました。十九世紀、二十世紀の今日までバレエは最も人気のある芸術でした。フランス、イタリアなどもバレエの先進国のバレエ伝統のエッセンスをとりいれて、ロシア的土壌の上にさん然と開花させたのがロシア・ソビエトのバレエです。たとえば、イタリアからチェケッティらを招いてバレエの踊り手の訓練を根本的におこない独自の教育システムを作りあげたのです。ディアギレフのロシア・バレエ団は、沈滞していたヨーロッパのバレエ界に新風を送り込みバレエ芸術に活力を吹きこみました。フォーキン、ニジンスキー、ダニーロフらの世界的活躍を思い浮かべてみれば明らかです。
わが国でバレエが発展し、ますます発展している理由は、整理すれば二つあります。まず、バレエ教育のシステムが整備されていることです。モスクワとレニングラードに輝かしい伝統をもつ舞踊学校がありますし、その他の都市にも、これら二つの学校にひけをとらない専門の学校があります。もう一つも要因は、民衆がバレエを熱愛していて、一つの試みがあると、民衆の側からの熱烈な刺激があります。バレエは人気を集め、切符がいつも売切れるほどの盛況です。これら二つの要因が相互に作用しあって、今日のソ連バレエの隆盛を生み出しました。
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【補足】インタビューで触れられているイタリアのエンリコ・チェケッティ(Enrico Cecchetti 1850 - 1928)は特に重要な人物です。彼はバレエ・リュスで大活躍したダンサー兼教師の一人であり、『眠りの森の美女』の初演で青い鳥を踊ったと言われています。
教え子の中には、アンナ・パヴロワ、ヴァーツラフ・ニジンスキー、ニネット・ド・ヴァロワ(Royal Balletの創始者)、ジョージ・バランシン、アグリッピナ・ワガノワ(ワガノワ・メソッドの創始者)等々、バレエ史の重要人物が多数いらっしゃいます。
指導者としてのチェケッティの活動は、ロシア、イギリスに渡り、最終的にイタリアのミラノ・スカラ座に落ち着きました。
従って、ロシアのワガノワ・メソッドも、イギリスのロイヤル・スタイルも、イタリアのミラノ・スカラ座も、チェケッティ・メソッドが源流であると言えます。
詳しくは下記リンクをご参照ください。