バレエと指揮者の役割 ― ゲンナジー・ロジェストヴェンスキー インタビュー記事①
昨年4月、日本女子体育大学に於いて行われた第5回バレエ史研究会にて『バレエ指揮者の仕事、ならびにバレエ音楽のオーケストレーションの諸問題』と題されたレクチャーをいたしましたが、その途上でロジェストヴェンスキーによるバレエ指揮者の仕事についてのインタビュー記事を紹介したところ、大きな関心を示され、現物のコピーを所望された先生もいらっしゃいました。
これは家にあった千趣会の25㎝ LP盤の冊子に掲載されていた『バレエ指揮者の役割』と題した若き日のゲンナジー・ロジェストヴェンスキーの4ページにも及ぶインタビュー記事です。写真から察するにモスクワ放送交響楽団と共に来日した1972年頃のインタビューであると思われます。
小学生だった私は、近衛秀麿(指揮)読売日本交響楽団の演奏によるレコード盤を聴きながらロジェストヴェンスキーのインタビュー記事を読み、バレエを指揮するためには特殊な職能と知識が必要であることを初めて知ったのでした。勿論、子供だった私は音楽の道に進むことも、ましてやバレエのピットに入って指揮をすることなど全く想像もしていなかったのですが…。
ロジェストヴェンスキーはインタビューの中で、バレエ指揮者にとって必要な能力を4点に要約して解説しています。私がバレエのピットに入る前にバレエピアニストの仕事から始めたのも、フルスコアの入手が困難なミンクスのバレエ音楽をピアノスコアからオーケストレーションをしたのも、ロジェストヴェンスキーのインタビュー記事の影響が大きく、現在でも大きな指針となっています。
この千趣会の冊子は既に入手が難しく、殆どの方々は目にされる機会が無いと思いますが、大変貴重な記事であり、是非とも紹介させていただこうと思いました次第です。
今回は、記事の前半をご紹介いたします。
■指揮者は作曲家の通訳です
年齢の割に薄い頭髪、秀でた額、縁なしの眼鏡、端正な容姿。眼鏡を通して視線は、指揮台にいるときとちがって、やさしそうな、人なつこい光を放っている。
ーバレエ音楽の世界的名指揮者のロジェストヴェンスキーさんから、バレエ芸術の特徴、いわば、「バレエ芸術への案内」をうかがいたいのですが。
ロジェストヴェンスキー どうもテーマが大きすぎますよ(ロジェストヴェンスキーさんの唇に微笑みがただよう)。多年にわたってバレエ芸術と深くかかわってきたわたしの体験に即したお話しからはじめましょう。わたしはクラシック・バレエのレパートリーのほとんどすべてを指揮してきましたが、バレエの指揮者・音楽家として、次のような二つの傾向と対面してきました。「指揮者はバレリーナの下男である」というのが第一の傾向、つまり昔流のバレエの上演。演出です。『ドン・キホーテ』、アドルフ・アダンの『ジゼル』などで、十九世紀に振付がなされていました。舞踊手たちが古い伝統を後生大事にしているのに、現在、こうした作品は昔のままではほとんど上演されません。たとえば、いま、『ジゼル』の劇場中継をラジオ・テレビで聴いたり見たりしてごらんなさい。音楽のテンポとスタイルの点で昔のものとはまったく違う別物といえましょう。
一方、第二の傾向があります。つまり、現代は、バレエの演出家が音楽のスコアを深く読み取る傾向が強まっている時代なのです。演出家が指揮者と密接な連絡をとっていわば共同演出をおこない、成果をあげています。
わたしは、ボリショイ劇場でチャイコフスキーの『くるみ割り人形』を演出していますが、まさに、演出家・振付師といっしょに演出しました。振付師はわたしの指揮したレコードに合わせて振り付けました。
―では、バレエ音楽とオーケストラの指揮での根本的な違いは?
ロジェストヴェンスキー いま申し上げた「第二の傾向」の場合、バレエの指揮と演奏会の指揮は変わりありません。指揮棒をふりながら、踊り子さんたちの白い足や手を目で追わなくてもいいのですから。この方が、わたしにも、舞踊手にも都合がいいのです。ところが、「指揮者はバレリーナの下男である」という「第一の傾向」では、振付に大いにふりまわされます。振付師のこと、踊り手たちのことを研究していなければなりません。指揮者の芸術は、踊り手たちの伴奏芸術に転落してしまいます。ここでは、音楽的能力よりも、むしろ専門的な造形能力・直観力が要求されます。(話に熱が入る、そして断定をやわらげるように)でも、バレエ音楽の専門家は不要だと主張するつもりはありません。
―バレエ音楽の専門家になる方法は?
ロジェストヴェンスキー まず第一に必要なのは音楽知識ですが、バレエの練習にひんぱんに通うことも大切です。わたしもバレエの仕事をはじめたとき、舞踊手の基礎練習に通いつめました。バレエ技法の基本の習得が、指揮者には欠かせません。
でも、バレエにおいては、音楽家、指揮者が副次的なものではなくて、踊り手たちと対等の立場にあるということです。
総合芸術であるバレエでは、演出家、指揮者、振付師、踊り手、装置家、衣装係、その他の人びとが共同で仕事をします。スタッフ全員が平等でなければならない、とわたしは考えます。一番のトップは作曲家で、他の面々はドングリの背比べ、対等です。(ロジェストヴェンスキーさんのくったくのない笑いにさそわれ、インタビュアーはじめ全員が笑いに巻き込まれる)。これは、すばらしいものを創造する条件です。作曲家こそナンバー・ワンの人物、創造主であり、その他の人びとは作曲家の構想の解釈者、通訳にすぎません。
バレエの指揮の教育について要約すれば、、第一に必要なのは、一般的な音楽の訓練、第二に、バレエのレパートリーの知識を持つこと、第三に、バレエ技法の基本技術を修得すること、第四に、踊り手たちの個性を研究している。以上の四つの要素が必要です。
現在のソ連には、バレエの指揮者を専門に養成するところはなくて、未来のバレエ指揮者たちは音楽院の指揮科で学んでいます。