楽譜への疑問③ープロコフィエフ:バレエ《ロメオとジュリエット》ーNo.16、No.17 ミスプリント。
■No.15 Mercutio:
【改訂の検討】練習番号100番3小節前:Snare Drum=No.33 The Duel 練習番号259番1小節前にはあるリズムは No.15 では書かれておらず、もしも No.33 と同様にするのであればこのようになります。
■No.16 Madrigal:
【修正】練習番号113番1小節前:Cb.=pizz. 記入。
■No.17 Tybalt recognizes Romeo:
【Hr.3 改訂】練習番号115番2~1小節前:Hr.3=改訂。バレエ全曲版では Hr. 6本、組曲版では Hr. 4本という編成になります。バレエ全曲版のスコアを見ていますと工夫をすれば組曲版と同様に4本で演奏可能であると考えております。此処ではこのように Hr. 3 の改訂を行い、和声上の欠落が無いようにいたします。
【誤植】練習番号117番4小節目1拍目:Va=アクセント記号を削除。パート譜にも同じ誤植あり。
【誤植】練習番号118番3小節前:Vn.I, Vn.II, Va.=アクセント記号削除。パート譜にも同じ誤植あり。
楽譜への疑問②ープロコフィエフ:バレエ《ロメオとジュリエット》ーNo.15、No.33 で第3音が欠落する和音?
■Act 1 No.15 Mercuito:
【疑問①】練習番号98番1小節前1拍目、1小節目1拍目:
和音は As dur の主和音(A♭)ですが、弦楽器群にある第3音 C 音が金管楽器には含まれていません。
仮に金管楽器群に第3音 C を補填するのであれば、このように改訂することになるでしょう。
しかし、この修正を現在のところ保留しています。理由は次に述べる移調された同様のフレーズで別の問題が起こっているからです。
【疑問②】練習番号100番1小節前1拍目、1小節目1拍目:
【疑問①】にある As dur 主和音が此処では Fes dur に移調されています。【疑問①】では金管楽器群のみ第3音が欠落していましたが、この Fes dur の主和音にあっては第3音 As を担当する楽器は弦楽器群にもありません。
この箇所、ピアノスコアではしっかりと第3音 As が書かれています。
ピアノスコアのように第3音を補填するのであれば、このように改訂する必要がありましょう。
これら【疑問①】【疑問②】に相当する箇所は No.33 The Duel にもありますが、疑問を抱きつつも現在のところは改訂をせずに保留としています。
ミンクスのバレエ音楽を『整形手術』する? ~ 《パキータ・グラン・パ》のオーケストレーション ① ― No.1 Entrée
現在、《パキータ・グラン・パ》のオーケストレーションをしています。
【第1曲目 Entrée スコア 1ページ目】
冒頭、原曲オーケストレーションはユニゾンですが、私のオーケストレーションでは和音を付け加えて補強しています。
第1曲目のスコアをオーディオファイル化いたしましたのでスコアの続きは耳でご確認いただければと思いますが、原曲をご存知でいらっしゃいましたら音楽の長さは原曲と同一ながらも全体を通じてオーケストレーションの様相が全く異なっていることにお気づきのことと思います。
●ミンクス:《パキータ・グラン・パ》No.1 Entrée (Allegro, 3/4)
オーケストレーション:稲 垣 宏 樹
編成:3[1.2.pic] 2[1.2/EH] 2 2―4 3 3 1―timp+4―hp, pf/cel―str
チャイコフスキー、グラズノフ、プロコフィエフ、ストラヴィンスキーのバレエ音楽はコンサートのレパートリーとしても演奏できる素晴らしい音楽とされている一方、アダンやミンクスのバレエ音楽はそれらに比して音楽的な評価は低く、コンサートのレパートリーとして演奏される機会はまずありません。
私はバレエのピットで指揮をするようになった時から、アダンやミンクスのバレエ音楽を、和声の修正とオーケストレーション(管弦楽法)の全面的な改訂によって音楽によって語られるドラマが分かり易く観客の皆様に伝わり、心に響く音楽作品としたいという願いを持っていました。
私と同様の原曲に対する問題意識から和声の修正やオーケストレーションを改訂する試みは、既にロバート・アーヴィング、ジョン・ランチベリー、ジョゼフ・ホロヴィッツ等々の諸氏によってなされていますが、私はそれらの業績に敬意を抱きつつ、「最初からそのように書かれていた」かのように音楽が鳴り響き、多くの方々に自然に違和感なく受け入れていただけるよう願いながら改訂に臨みました。
こうして私は、全幕物ではアダン:《ジゼル》、ミンクス:《ドン・キホーテ》(2種)、《バヤデール》のオーケストレーションを書き上げ(巻末【付録】にこれら録音のリンクを貼りました。ご参考になれば幸いです)、この度、新たに《パキータ・グラン・パ》のオーケストレーションを手掛けることになり、現在スコアを書いているところです。
■ミンクスのバレエ音楽、フルスコアは市販されていません!
この項のタイトルにある通り、ミンクスのバレエ音楽、実はフルスコアで市販されているものは一つも無いことをご存知でしたでしょうか?私がオーケストレーションをしました《ドン・キホーテ》も《バヤデール》もフルスコアは市販されておらず、ピアノスコアからオーケストレーションをしました。
《ドン・キホーテ》に至っては公演の練習音源の中にはピアノスコアにも入っていない音楽がありました。仕方が無く私はその音楽を聴音をしてからオーケストレーションを(やりたい放題(◎_◎;) いたしました。
この事情をインタビューで少しお話ししたことがあります。
【名古屋市文化振興事業団機関紙『なごや文化情報』No.378】
https://www.bunka758.or.jp/id/bunkajyoho/bunkajyoho2018-1-2.pdf
《パキータ・グラン・パ》も《ドン・キホーテ》や《バヤデール》と同様にピアノスコアを基にしてオーケストレーションをしています。
■《パキータ》の楽譜はどのようなものがあるのか?
《パキータ》の場合、オーケストラのフルスコアに関するデータの中で、出典の判っているいるものに限れば以下の通りとなります。
《パキータ》
①【原曲オーケストレーション】
出版社:Lars Payne
編成:3[1.2.pic] 2 2 2―4 2 3 1―timp+2―2hp, cel―str
②【ジョン・ランチベリー編曲版】
出版社:Edition Mario Bois (T. Presser)
編成:3[1.2.pic] 2 2 2―4 3 3 1―timp+2―hp―str
③【ダニエル・スターン編曲版】
出版社:Edition Mario Bois (T. Presser)
編成:2 2 2 2―2 2 2 1―timp+1―str
④【ウィリアム・マクデルモット編曲版】
出版社:Edwin F Kalmus―Act II, also Pas de deux
編成: 2[1.2/pic] 2 2 2―4 2 3 0―timp+2―hp―str
⑤【ジョナサン・マクフィー編曲版】
出版社:Boosey & Hawkes
編成:2[1.2/pic] 2 2 2―4 2 3 1―timp+2―hp―str
これらのうち、④ の(ミスプリントや雑な印刷で悪評高かった) Kalmus だけは市販されていて、私も所有していますが、Kalmus は2019年10月に「印刷業務を停止する。」というアナウンスをいたしました(吃驚しました)。
従って、この投稿をしました2020年2月29日現在では全てのフルスコアは市販されておらず、レンタル譜でしか入手出来ないことになります。
■ピアノスコアは市販されています。
《パキータ》のピアノスコアは以下のところより入手可能です。
①
②
③
■音で聴く、様々な《パキータ・グラン・パ》
~ No.1 Entrée のオーケストレーション
①【原曲オーケストレーション】(マリインスキー劇場)
これを基準とお考え下さい。
②【稲垣宏樹編曲版】
原曲オーケストレーションのスコアを私は持っていませんので、ピアノスコアから編曲をいたしました。但し、楽曲の長さこそ原曲と同一ですが、和声(バス、和音設定、和声外音)の変更を加えています。編成にピアノを組み込んでいることも特徴です(私の編曲では《ドン・キホーテ》《バヤデール》共にピアノが編成に組み込まれています)。
編成:3[1.2.pic] 2[1.2/EH] 2 2―4 3 3 1―timp+4―hp, pf/cel―str
③【Peter March 編曲版】リチャード・ボニング(指揮)ロンドン交響楽団
原曲がニ短調で始まるのに対して属調同主調のイ長調から始まり主調のニ長調に進行しますが、この開始、実はKalmus のスコア(ウィリアム・マクデルモット編曲版)と同一です。この録音は全曲に亘ってマクデルモット編曲版に似ていますが、この録音に聴く編曲の方がしっかりと書かれています。
④【ジョン・ランチベリー編曲版】アメリカン・バレエ・シアター
実は2003年に初めて《パキータ・グラン・パ》を指揮しました際、主催者様に「是非ともランチベリー版で!」とお願いし、手配していただきました。音で聴く限り、このスコアのオーケストレーションが最善であると判断したからでしたが、楽譜をお借りして驚いたのが音の間違いだらけのスコアとパート譜でした。Pas de trois Variation III (アダン:《悪魔と4人》からの引用)の和音設定とオーケストレーションの酷さにも閉口しました。「出版社は商品として有期で貸し出す以上、せめて音の間違いの全く無い楽譜を提供すべきだ!」と怒っていたことを覚えています。
【2003年 野間バレエ団公演記録】
http://ballet.tosei-showa-music.ac.jp/home/event_detail/1457
⑤【Myron Ramanul 編曲版】バイエルン国立バレエ団
原曲がニ長調(主調)→イ長調(属調)と進行するのに対して、ハ長調(主調)→ト長調(属調)としていることに大きな違和感を覚えますが、このようにしたのは如何なる理由なのでしょうか?
⑥【編曲版(編曲者不明)】新国立劇場バレエ(2003年)※途中から
原曲オーケストレーションではなく編曲されていますが、編曲者は不明です。編曲は③の影響を受けているように思われます。新国立劇場バレエが2020年《パキータ・グラン・パ》を上演なさった際、これと同じ楽譜を使用したのでしょうか?
⑦【編曲版(編曲者不明)】ワガノワ・バレエ・アカデミー卒業公演(2017年)(マリインスキー劇場)
編曲者は不明。⑤Myron Ramanul 編曲版と同じく、長2度下げられ、ハ長調(主調)→ト長調(属調)となっている他、オーケストレーションも酷似している。
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【付録】
●アダン【オーケストレーション:稲垣宏樹】:《ジゼル》全幕
本番録音(スコア=625ページ/3562小節)
●ミンクス【オーケストレーション:稲垣宏樹】:《ドン・キホーテ》全幕
リハーサル録音(スコア=637ページ/4548小節)
●ミンクス【オーケストレーション:稲垣宏樹】:《バヤデール》全幕
MIDI(スコア=730ページ/4235小節)
楽譜への疑問①ープロコフィエフ:バレエ《ロメオとジュリエット》ー『騎士たちの踊り』で2種のバスが混在するのは間違っていると思うのです。
プロコフィエフ:バレエ《ロメオとジュリエット》のスコアを再度勉強中にて、過去にスコアへ記入していたことに加え、新たに発見したことも織り交ぜ、備忘録のように書き綴ってまいります。
私が所有する楽譜は(ミスプリントで悪名高き)Kalmus のフルスコアとピアノスコアですが、出典はソビエト国立音楽出版社 Muzgiz の〈プロコフィエフ全集〉です(現在では全曲のフルスコアをペトルッチ楽譜ライブラリーで簡単に閲覧することができます)。
従って、スコアの校正・修正作業を行った後にパート譜の校正チェックも必須の作業となります。
尚、 編成は原曲にあっては下記編成表の通りですが、
【原曲版】3[1.2.pic] 3[1.2.Eh] 3 tsax 3[1.2.cbn]ー6 4[crt.1.2.3] 3 1-timp+4percー2hp pf cel/orgーstr+2mand
原曲を組曲版のスコアに準じ、下記編成表の如く6本のホルンを4本に、2台のハープを1台へと編成を若干縮小する編曲作業も含まれています。
【稲垣版】3[1.2.pic] 3[1.2.Eh] 3 tsax 3[1.2.cbn]ー4 4[crt.1.2.3] 3 1-timp+4percーhp pf cel/orgーstr
編成について付記すれば、1938年に《ロメオとジュリエット》の世界初演を行ったチェコ国立ブルノ歌劇場バレエ団が2001年に歌劇場管弦楽団と共に来日し、同演目を上演いたしましたのを私は拝見いたしましたが、ピット内のオーケストラの編成を確認いたしますと、原曲にある6本のホルンは5本に、2台のハープは1台に各々減じられ、オプションのオルガンは含まれず、マンドリンは首席ヴィオラ奏者が楽器を持ち替えて演奏していたと記憶しています。
■Act 1 No.2 Romeo:
【改訂】練習番号6番2小節前/練習番号8番5小節目:Fl. = Slur記入(個人的な趣味)
【補筆】練習番号6番1小節前/練習番号8番6小節目:Hp / Vn.I / Vc. / Cb = mf 記入
【誤記?】練習番号8番8小節目~:Pic.=2Fl.?
■Act 1 No.6 Fight:
【編曲/改訂】練習番号38番10小節目~練習番号40番2小節目:Trb.1-2=4本の Hr. に編成を縮小するのに伴い、Hr.5-6 を Trb.1-2 に分担、強弱記号を ff から f とする。
■Act 1 No.10 The Joung Juliet:
【誤記】練習番号53番3小節前:Vn.II = ミスプリント(D→H)。
■Act 1 No.11 Arrival of the Guests:
【改訂】練習番号67番1小節前:Fg.1-2=改訂。改訂内容は楽譜への朱書きの通り、4本の Hr. に編成を縮小したことによる Hr.5-6 を Fg.1-2 に割り当て。
尚、練習番号167番3~2小節前の Hr.5-6 にある音は Hr.2-3 で担当しており、楽譜の通りで問題は無い。
【修正】練習番号68番2小節目/69番3小節前:Btrb. Tba = 2拍目修正。
【修正】練習番号68番1,3,8小節目/69番4,1小節前:Timp = Bass に準じて修正。
※尚、上記パートの修正は No.11 練習番号60番、62番、65番も同様に修正。過去の公演 https://www.chacott-jp.com/news/worldreport/osaka/detail006754.html でスコア・パート譜共に修正済み
【修正】練習番号69番1小節目:hp = a2 を削除。実際のところ、全曲にわたって2台の hp が別々のパートで書かれているところは全く無く、音量増大のために a2 と書かれているのみである。従って hp は1台のみで演奏可能である。
【欠落】練習番号70番9小節目:Vc. = pizz. 欠落。
■Act 1 No.12 Masks:
【誤記】練習番号73番4小節目:Cb = 2拍目のアクセントを1拍目に移動。
【誤記】練習番号73番6小節目:Bcl = 2拍目にアクセント記入。
■Act 1 No.13 Dance of the Knights:
【改訂】練習番号84番4小節前:Hr.3,4 = 5th, 6th Hr. を削除することに伴う改訂。
同様の箇所は練習番号89番3小節目以降にもあるが、6パートのHr. による2~4声の和音の声部配分は同様でありながらも担当するパートは異なっていることが興味深い。従って、原曲を可能な限り生かした修正を行うとすれば 2nd Hr. を修正することとなる。
同曲は、第2組曲にあってはHr.は4パートとなり、同箇所は写真のようになっている。
【誤記】練習番号87番1小節前:Va. =削除(全休符)。
【修正】練習番号88番1~4小節目:Hr.4, Hr.6 = 3拍目の音をEから短3度上のGに変更。3拍目のバスは本来であれば主和音の第1転回形Gである(2種のバスが混在する筈がない)。
同曲、プロコフィエフ自身による管弦楽のための【第2組曲 Op.64 bis】でも、ピアノ独奏のための【ロメオとジュリエットからの10の小品 Op.75】でも3拍目のバスはGである。
【第2組曲 Op.64 bis】より
【ロメオとジュリエットからの10の小品 Op.75】より
バレエと指揮者の役割 ― ゲンナジー・ロジェストヴェンスキー インタビュー記事③(最終回)
ロジェストヴェンスキーによる「バレエと指揮者の役割」。前回記事
hiroki2415ballet3132conductor52.hatenablog.jp
に続き。今回で投稿いたしますものが、残りの全文となります。
―お得意のチャイコフスキーのバレエについて、とくに上演の現代的意義について……
ロジェストヴェンスキー チャイコフスキーは名作バレエ『白鳥の湖』の原曲を1876年に完成しました。これは、1877年2月20日、モスクワのボリショイ劇場で、ユ・レイジンゲルの振付で初演されたのですが、うまくいかず、まもなくして、レパートリーから外されてしまいました。1895年、ベ・ベギチェフとベ・ゲリツェルの台本、エリ・イワノフ、エム・プティパ共同振付で上演され、成功しました。ですから、ふつう『白鳥の湖』の初演は1895年におこなわれたということになっています。その後、この基本線にそいながら、ロシア・ソビエトおよびひろく諸外国で上演されています。ただし、改訂が加えられて上演されてきました。
近年、わが国では、チャイコフスキーの原曲の精神にのっとって、チャイコフスキーが意図したもの、つまり、チャイコフスキーのオリジナルに復帰しようとする傾向がみられます。わたしも、これに賛成です。
―バレエのレパートリーは、どのようにして決めるのですか。
ロジェストヴェンスキー 劇場の理事会が演出家や振付師たちと相談して決定するのです。
ただし、誰でも劇場の理事会にレパートリーの選定の提案をおこなうことができます。たとえば、いいできの作品が劇場で上演されています。それを新しい構想で再演する必要がある、とわたしが考えているとします。この場合わたしは理事会に改訂上演を提案します。
すくなくとも、現在ボリショイ劇場で上演されている『白鳥の湖』は、わたしの提案で改訂上演のはこびになりました。いままでボリショイ劇場で上演されている作品で、わたしが指揮をしているものはほとんどわたしの提案で上演されるようになりました。(バレエにおけるスタッフ全員の平等説といい、『白鳥の湖』上演のエピソードといい、ロジェストヴェンスキーさんが独自の主張をもつ現代の芸術家であることを示しているようだ)。
―それでは、バレエの上演に到る手順をお話しください。
ロジェストヴェンスキー まず演出家・振付師が指揮者といっしょにスコアを研究します。そのあと、演出家・振付師は演出の構想、舞踊のスタイルを仕上げます。それから演出家・振付師は踊りの演出プランの絵コンテをつくりあげます。美術家、といっしょに、演出のリハーサルをおこないます。ピアノ伴奏によるリハーサルがおこなわれます。これは面倒で大変に労力のいるプロセスです。指揮者はそれと併行して、オーケストラとの練習を行い、一方、上演リハーサルにも通って、音楽と踊りのテンポに狂いがないようにつとめます。
その後、踊り手たちとオーケストラがいっしょになって、共同のリハーサルを行うのです。バレエ、、オペラのような総合芸術では、アンサンブルをつくりだすことが一番です。アンサンブルはリハーサルを通じて、上演のデリケートなニュアンス、正確なアンサンブルが生み出されるのです。
バレエ、オペラのリハーサルは、大変に時間がかかります。四幕、五幕もある多幕物の大作バレエによると、毎日リハーサルを行なって、半年もかかります。こうして、いよいよ、初演の幕あきを迎えます。
―上演の直前は、どんな準備をしますか。
ロジェストヴェンスキー 夜7時にバレエ『白鳥の湖』の公演がおこなわれるとします。すると、わたしは、朝から精神を統一して、その音楽の核心に迫ろうとつとめます。つまり、朝の10時、わたしは、もう『白鳥の湖』の世界に住んでいるのです。そして、夕方の7時までその状態を持続させようとつとめます。
いよいよ上演。わたしは、それまでにたくわえ、準備してきたものにもとづいて、創造するのです。これは再現のプロセスです。
閉幕してから、バレエのことを忘れようとします。忘れるのは、なかなかむずかしいことです。休息することが大切なのです。こうして、また新しい気分で新しい創造の仕事に向うのです。(長い辛い仕事を終ったように、大きく息を吸った)
―指揮をおとりになるとき、踊り手たちとどのようにコミュニケーションをとるのですか。指揮をしているときのお気持ちは?
ロジェストヴェンスキー 上演のとき、踊り手たち、オーケストラ員たちはみんな、指揮者の指示にしたがいます。ちょうど、野球、ホッケー選手たちがコーチのサインにしたがって動くのと同じです。指揮者はそれぞれ秘密のサインをもっています。上演中に踊り手たちにわたしがどのようなサインを送っているのでしょうか?これは職業上の秘密ですから言えません。指揮者はそれぞれ独自のサインをもっているのです。バレエの指揮をしている時の気持ですか?もちろん、どういう作品の指揮をとるかによっていろいろと違った気分になります。だいたいにおいて、いい気分で指揮をとります。とくに、チャイコフスキーの『くるみ割り人形』の指揮をとるときは、満足感にみたされるのです。わたしの大好きな作品ですから、バレエの場合、曲のイメージは舞台に表現されています。筋も、状況も具体的に舞台に表現されています。すばらしい美、抒情がみちみちています。
―バレエはもう古い芸術だという人がいます。バレエは、今後どうなるのでしょうか?
ロジェストヴェンスキー バレエそしてとくにクラシック・バレエは、決して亡びることはないでしょう。というのは、すでに時間によって試験ずみです。十八世紀から、二十世紀後半の現代まで、バレエ芸術の技法、用語などは、原則的に何の変化もなく伝えられてきています。現在、新作バレエが次々と創作されているにもかかわらず、クラシック・バレエも盛んに上演されています。クラシック・バレエは亡びることはないでしょう。
だが、一方、新しい探求も積極的にすすめられています。人間の肉体の表現力、運動能力の開発という問題は、人間の内面世界の解明と関連していますし、人間の精神、魂、心理を発達させることと結びついています。また、現代の生活のテンポ、技術革新、進歩が芸術に反映しないはずはありません。これは、当然のことです。ですから、この方向に向って、新しい実験が続行されていくでしょう。バレエ芸術は、すばらしい未来を約束されている、と確信をもっていうことができます。(完)
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【補足1】チャイコフスキー:『白鳥の湖』について、ロジェストヴェンスキーが「近年、わが国では、チャイコフスキーの原曲の精神にのっとって、チャイコフスキーが意図したもの、つまり、チャイコフスキーのオリジナルに復帰しようとする傾向がみられます。」と語っているのは、1953年のブルメイステル版のことです。
ブルメイステルは、プティパが作曲家のドリゴの協力で付け加えた音楽をを排除し、第3幕の《黒い鳥のパ・ド・ドゥ》として流用した No.5 を第1幕に戻しました。しかし、そうしてしまうと第3幕の《黒い鳥のパ・ド・ドゥ》の音楽が無くなってしまいます。丁度その時期、モスクワ近郊クリンのチャイコフスキー博物館で、チャイコフスキーの遺品の中から1つの《パ・ド・ドゥ》のためのレペティトゥアや一部のパート譜がブルメイステルや博物館員によって発見され、それがチャイコフスキーが書いたと言われる、所謂《ソベシチャンスカヤのパ・ド・ドゥ》そのものであると断定され、ソビエト国立音楽出版社チャイコフスキー作品全集の編集責任者であった作曲家:ヴィッサシオン・シェバリーン(1902 - 1963。大序曲《1812年》終結部の改竄で名を知る方も多いことでしょう)がオーケストレーションを行い、ブルメイステル版の《黒い鳥のパ・ド・ドゥ》として挿入されたのです。
シェバリーン編曲によるスコアは1957年のチャイコフスキー作品全集版『白鳥の湖』の巻末付録として組み入れられましたが、この編曲についての私の所見は機会を改めて投稿いたします。
【補足2】このインタビューを読み返して、改めて驚かされるのがソビエト時代の非常に長い制作期間です。オーケストラのリハーサルに関して言えば、私が指揮をする公演では正味4時間のリハーサルが1回だけです。
また、「上演のとき、踊り手たち、オーケストラ員たちはみんな、指揮者の指示にしたがいます。ちょうど、野球、ホッケー選手たちがコーチのサインにしたがって動くのと同じです。指揮者はそれぞれ秘密のサインをもっています。上演中に踊り手たちにわたしがどのようなサインを送っているのでしょうか?これは職業上の秘密ですから言えません。指揮者はそれぞれ独自のサインをもっているのです。」という件について、私の見解は別の機会に投稿させていただきます。
バレエと指揮者の役割 ― ゲンナジー・ロジェストヴェンスキー インタビュー記事②
ロジェストヴェンスキーによるインタビュー記事。出典は前回に投稿いたしました記事をご参照ください。
https://hiroki2415ballet3132conductor52.hatenablog.jp/entry/2020/02/05/000100
今回の投稿は、ロシア・ソビエトに於いて急速にバレエが発展し、バレエ王国となった理由についてのロジェストヴェンスキーによる解説です。
■ソビエトは世界一のバレエ王国
ーではすこし話題を変えて、ロシア・ソビエトでバレエが急速に発展した理由をお話しください。ソビエトが世界一のバレエ王国になった理由は?
ロジェストヴェンスキー なんといっても、国民性という要因が最大な意味をもちます。わたしの考えでは、日本人は全体として造形芸術にたいして愛着をもち、すぐれた才能を発揮しています。ロシア人は、バレエ芸術を熱愛し、才能を発揮してきました。十九世紀、二十世紀の今日までバレエは最も人気のある芸術でした。フランス、イタリアなどもバレエの先進国のバレエ伝統のエッセンスをとりいれて、ロシア的土壌の上にさん然と開花させたのがロシア・ソビエトのバレエです。たとえば、イタリアからチェケッティらを招いてバレエの踊り手の訓練を根本的におこない独自の教育システムを作りあげたのです。ディアギレフのロシア・バレエ団は、沈滞していたヨーロッパのバレエ界に新風を送り込みバレエ芸術に活力を吹きこみました。フォーキン、ニジンスキー、ダニーロフらの世界的活躍を思い浮かべてみれば明らかです。
わが国でバレエが発展し、ますます発展している理由は、整理すれば二つあります。まず、バレエ教育のシステムが整備されていることです。モスクワとレニングラードに輝かしい伝統をもつ舞踊学校がありますし、その他の都市にも、これら二つの学校にひけをとらない専門の学校があります。もう一つも要因は、民衆がバレエを熱愛していて、一つの試みがあると、民衆の側からの熱烈な刺激があります。バレエは人気を集め、切符がいつも売切れるほどの盛況です。これら二つの要因が相互に作用しあって、今日のソ連バレエの隆盛を生み出しました。
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【補足】インタビューで触れられているイタリアのエンリコ・チェケッティ(Enrico Cecchetti 1850 - 1928)は特に重要な人物です。彼はバレエ・リュスで大活躍したダンサー兼教師の一人であり、『眠りの森の美女』の初演で青い鳥を踊ったと言われています。
教え子の中には、アンナ・パヴロワ、ヴァーツラフ・ニジンスキー、ニネット・ド・ヴァロワ(Royal Balletの創始者)、ジョージ・バランシン、アグリッピナ・ワガノワ(ワガノワ・メソッドの創始者)等々、バレエ史の重要人物が多数いらっしゃいます。
指導者としてのチェケッティの活動は、ロシア、イギリスに渡り、最終的にイタリアのミラノ・スカラ座に落ち着きました。
従って、ロシアのワガノワ・メソッドも、イギリスのロイヤル・スタイルも、イタリアのミラノ・スカラ座も、チェケッティ・メソッドが源流であると言えます。
詳しくは下記リンクをご参照ください。